京つう

音楽/映画/写真  |奈良県

新規登録ログインヘルプ


スポンサーリンク

上記の広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  

Posted by 京つう運営事務局 at

2009年09月30日

トーキング・ヘッズ「リメイン・イン・ライト」





皆さん今晩は!
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からお届けさせて頂きますラジオでROCK!「Radio nowhere」でお楽しみくださいませ。
お相手させて頂きますのは私、
DJ PON- CHANG!(ぽんちゃん)

で御座います!どうぞ宜しくお願い申し上げます!

それでは早速番組の方、進めていきたいと思いますが…。

まず、最初のコーナーは、ミュージックカレイドスコープのコーナー。

このコーナーでは、その時々の話題を、私の方でアトランダムにピックアップしては、それに因んだサウンドをオンエアーさせて頂くコーナーでは御座いますが。

さて今日は、1970年代はデヴィット・ボウイの「ジギー・スターダスト」に始まって、1980年発表のこのアルバムで終焉を迎え、また新たな時代の幕開けともなったと言われる程に強烈なインパクトを放ち、前にもご紹介したことかは思いますが、ミュージックマガジンの創刊40周年記念の別冊「アルバム・ランキング・ベスト200」の中でも第3位との高評価を受けては、今もって多くのロックファンを魅了して止まない “おしゃべり頭”こと「トーキング・ヘッズ」のアルバム「リメイン・イン・ライト」をご紹介したいと思います。

ロックとファンクを見事に融合させ、その後の時代の行方に大きな影響を及ぼしたとされるエポックメーキングなアルバム「リメイン・イン・ライト」。

この画期的なアルバムを作り上げたのは、その昔、ニューイングランドの植民地だったアメリカは東海岸、ロードアイランド州にある、アメリカ切っての名門美術大学とされるデザイン学校の学生だったデヴィット・バーンとクリス・フランツが1974年に「ジ・アーティステック」なるバンドを結成、その後、紅一点のベーシスト・ティナ・ウェイマスと、さらに1977年、ニューヨークに3人が移住してから参加した、元モダン・ラヴァーズのドラマーだったジェリー・ハリスンの4人が揃ったところで、正式に活動をスタートした「トーキング・ヘッズ」で御座いまして~。
結成当初は、パンク、ニューウェイヴのメッカであったライブハウス「CBGB」を拠点に活動。1977年にはサイアー・レコードと契約を果たし、驚きの事実ではあるが、何とあのジョン・ボンジョヴィの伯父さんである「トニー・ボンジョヴィ」(何か“サイザンス”で御馴染みのトニ-谷さんみたいで胡散臭い感じがしますが…。あ、すいません。谷さん!)のプロデュースのもと、「サイコキラー‘77」でデビュー。商業的な成功は得られずとも、バーンの描く神経症的な歌詞とヴォーカル、そして抑制の利いた冷たい皮膚感覚を持つサウンドが、その頃の時代の空気とマッチして、NYのパンク、ニューウェイヴシーンの一角を担うバンドとして受け入られることとなった。その後、プロデューサーにあの元ロキシーミュージックのブライアン・イーノを招き、1978年には「モアソングス」、そして1979年には、何とプログレ親爺、「キング・クリムゾン」のロバート・フリップをゲストに招き、初めてアフロファンクに挑戦した楽曲「イ・ズィンブラ」が冒頭収録されていることでも話題を集めた「フィア・オブ・ミュージック」を制作、更にイーノのアイディアからその発展形として、大胆にもワンコードのみを使用、終始一貫して、アフリカン・ポリリズムを追求した超実験的なアルバムとも言える、今日ご紹介の1980年発表の「リメイン・イン・ライト」と至り、今日のミニマルミュージックの素地を築き上げるとともに、ロックシーンにおいて一大金字塔を打ち立てることになった訳です。
残念ながらトーキング・ヘッズは1991年に解散してしまいましたが、現在においてもデヴィットとその他のメンバーも健在で、個々の活動に精を出しておりますので、是非興味のある方は追っかけてみてください。デヴィット曰く再結成は死んでもないそうですが…トホホ。
~と言うことで、それでは今日は、そんな名作と誉も高い「トーキング・ヘッズ」の「リメイン・イン・ライト」の中から「ヒート・ゴーズ・オン」(ボーン・アンダー・パンチズ)「ワンス・イン・ア・ライフタイム」の2曲を聴いてください。それではどうぞ!「トーキング・ヘッズ」です。





(10・4オンエアー分)

  


Posted by footstomp at 01:26Comments(0)ROCK・音楽

2009年09月27日

ザ・ジョージア・サテライツ、THE CLASH





続きましては、キーワードAtoZのコーナー。

このコーナーは、アルファベットを順に追いながら、たとえばその頭文字がAならAC/DCといった風に、新旧洋邦問わず、無作為にアーティストやバンドをピックアップしてご紹介させていただくコーナーで御座いますが。

さて今週も、その頭文字にアルファベットのGが来るバンドということで、かのビートルズのリーダーにして、永遠のロックンロール小僧「ジョン・レノン」をリスペクトし、彼がニューヨークの自宅アパート「ダコタハウス」前で撃たれた1980年12月8日に「バンドの結成を思い立った」と公言して憚らないだけあって、そのステイタス・クォー並みにワンパターンで、頑ななロックンロールを貫く姿勢は、まさに表彰ものといった趣きの(ストーンズ、フェイセズフォロワーとも言われていますが~)ザ・ジョージア・サテライツをご紹介したいと思います。





結成は先にも述べたように1980年。
アメリカはジョージア州出身の、まさに南部男の泥臭い匂いをプンプン発散させている、少々ギャツビーも必要かと思わせるような雰囲気も漂ういなたいロックグループで御座いまして、メンバーは、ギターのダン・ベアードとリック・リチャーズ、そしてベースのリック・プライス、ドラムのマウロ・マジェランからなる4人組で、1986年にエレクトラ・アサイラムレコーズから「ザ・ジョージア・サテライツ」でデビューし、その中に収録されている直球勝負のR&Rナンバー「キープ・ユア・ハンズ」と「バトルシップ・チェインズ」が大ヒット。アルバム自体もビルボードのチャートで第5位となる躍進振りを見せ、さらには1988年公開のトム・クルーズ主演の映画「カクテル」のサントラ曲として取り上げられた、1964年、イギリスのバンドであるスウィンギン・ブルー・ジーンズが大ヒットさせた「ヒッピーヒッピーシェイク」のカヴァー曲が注目を集め、確固たるメジャーバンドとしての地位を手にした訳ですが、残念乍ら、90年には解散。リーダーのダンは今もってソロで活動しているようですが…。
では今日はそんな彼らザ・ジョージア・サテライツの数少ない作品群から、「レット・イット・ロック」と大ヒットナンバー「バトルシップ・チェインズ」をお届けしたいと存じま
す。それではどうぞ。ザ・ジョージア・サテライツです。かっちょいいすよ!

ラジオでロック”「Radio Nowhere」この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。

E-MAIL 
post@fm814.co.jp
FAX  0745-33-3601
MAIL 郵便番号〒636-8555 FM 81.4(エフエムハイホー)FM西大和
“ラジオでロック”「Radio Nowhere」の係と明記して、お送りくだされば手元に届くかと思いますので、挙ってリスナーの方々、また宜しくお願い申し上げます!





さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。
蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、今日は久々、イギリスの外交官の息子として生まれ、何不自由ない中産階級で育つも、ピストルズの影響を受け、あろうことかパンクの道に進み、ザ・クラッシュ、ザ・メスカレロスで活躍するも、2002年12月に心臓発作で亡くなってしまった、わが青春のジョー・ストラマーを偲び、クラッシュの中でも「ロンドン・コーリング」に次いで贔屓のアルバムでおます「コンバット・ロック」から「アトム・タン」「ロック・ザ・カスバ」を聴きながらお別れしたいと思います。



http://www.youtube.com/watch?v=OAkfHShATKY&feature=related

THE CLASH 公式サイト
http://www.theclashonline.com/

それではみなさんまた来週。時間になりましたら、ダイヤルはFM81.4、FM西大和にお合わせ頂き、この番組にお付き合いくださいませ。
お相手はDJ PON-CHANG!(ぽんちゃん)でした!
それでは…。シー・ユー・ネクスト・ウィーク!バイバイ!

(9/27オンエアー分)


  


Posted by footstomp at 07:37Comments(0)ROCK・音楽

2009年09月23日

チープ・トリック「ザ・レイテスト」





皆さん今晩は!
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からお届けさせて頂きます
ラジオでROCK!「Radio nowhere」

でお楽しみくださいませ。
お相手させて頂きますのは私、
DJ PON- CHANG!(ぽんちゃん)

で御座います!どうぞ宜しくお願い申し上げます!

それでは早速番組の方、進めていきたいと思いますが…。

まず、最初のコーナーは、ミュージックカレイドスコープのコーナー。

このコーナーでは、その時々の話題を、私の方でアトランダムにピックアップしては、それに因んだサウンドをオンエアーさせて頂くコーナーでは御座いますが。

さて、今日は「新譜」のご紹介といいながらも、毎度のことでは御座いますが、種々様々な情報が目まぐるしく消費され、刻一刻と目の前の景色も変わりゆく現代社会にあっては、録音番組とする宿命を背負っている関係上、厳密に言えばもう新譜と呼ぶには、世間の手垢に塗れ過ぎているとの批判を浴びるやも知れませんが、その点はご容赦頂き、兎に角、お勧めに値するアーティストの作品で御座いますんで、まずは「聴きたもれ」と言うことで、今日はあのロビン、リック、トム、バーニーという不動のメンバーで今もってメロディアスでポップ、ビートルズの影響を感じさせるブリティッシュ路線かと思いきや、その一方ではアメリカン・ロックの王道をいくナンバーもあり、さらに言えばメジャーブレイクのきっかけを得たのは、この日本と、まさに7つのオーシャン股にかけ、全世界レベルで今もって人気を得ているパワーポップの旗頭、そう!あの
チープ・トリック

の今年7月22日に発売となった通算16枚目ニューアルバム
「ザ・レイテスト」

から、幾つか曲をセレクトしては、堂々たるキャリアに裏打ちされた、迷いなき余裕綽々の演奏を味わって行きたいと思います。

言わずと知れたチープ・トリック。

今更ご説明の必要もないかとは存じますが、そこはそれ、親切をモットーとしているこの番組。少しばかり彼らの略歴に触れてみますと…。
結成は1974年。アメリカはイリノイ州ロックフォードで活動していたFUSE(フューズ)で、ベースを弾いていたトム・ピーターソンとギターのリック・ニールセンは、新たにドラムとして、バン・E・カルロス、その後、ヴォーカルにブロンドの長髪が印象的なロビン・ザンダーを迎え「チープ・トリック」と名乗っては1977年、エピックレコードからデビューするも、暫く鳴かず飛ばずの不遇状態が続いていた訳です。ところが、1978年、日本武道館での公演が収録された「at 武道館」。これが日本で先行発売となり、翌79年には本国アメリカでも発売が決定し、大ヒット。これをきっかけとしてチープ・トリックは、クイーンやジャパンなどと同じく日本発の逆輸入ロックバンドとしてメジャーブレイクする訳です。まぁ、そういった経緯を辿り、途中、トムが脱退したりと、低迷期もあったものの、今日までとりあえずも第一線で活躍、今回の新譜発売に漕ぎ着けた次第で御座います。
では、そんなチープ・トリックの新譜「ザ・レイシスト」から今日は「エヴリデイ・ユー・メイク・ミー・クレイジー」「カリフォルニア・ガール」、そして「アライヴ」の3曲を聴いて貰いたいと思います。それでは、お待たせしました。OK、ロックンロールショーの幕開け!演ずるはチープ・トリックです!どうぞ!



(9・27オンエアー分)

  


Posted by footstomp at 17:33Comments(0)ROCK・音楽

2009年09月20日

グラハム・セントラル・ステーション




続きましては、キーワードAtoZのコーナー。

このコーナーは、アルファベットを順に追いながら、たとえばその頭文字がAならAC/DCといった風に、新旧洋邦問わず、無作為にアーティストやバンドをピックアップしてご紹介させていただくコーナーで御座いますが。

さて今週も、その頭文字にアルファベットのGが来るバンドということで、元スライ&ザ・ファミリー・ストーンのベーシストにして、チョッパー奏法の生みの親でもあるラリー・グラハムが1973年に結成した、ファンクの故郷、アメリカはサンフランシスコ・ベイエリアを拠点とし活動していた、超弩級ファンクバンド
「グラハム・セントラル・ステーション」

をご紹介したいと思います。

「グラハム・セントラル・ステーション」の結成は先にも申しましたように、1973年。ニューヨークにある「グランド・セントラル・ステーション」を文字ってそのグループ名としたこのバンドは、勿論、ラリー・グラハムのソロワークとしての性格の強いものでありましたが、紅一点のヴォーカリスト・パトリシア・チョコレート・バンクス嬢をはじめ、メンバーも音楽的に素晴らしい素養を持ったミュージシャンばかりで、ファンクのみならず、ロックにゴスペル、ソウル、ブルースといった種々様々な音楽的な要素を上手く取り込んでは、最新のテクノロジーをも駆使して、それまでになかったような革新的なファンクサウンドを確立した訳です。
2000年に一度プリンスの後押しで再結成もしたようですが、現在は、ラリーは本業のベースに専念することなく、バラードシンガーとして活躍しているようでもあります。
まぁ、元々、ラリーのお母さん「デル・グラハム」もピアニストにして、シンガーで、15歳の頃からラリーは、その母親のトリオに参加してプロとして活動し、その感化、影響は大きかったようですからね~。バラードシンガーの道を行くのも当然かという気もしますが…。
それでは今日はそんなこんなで(何のこっちゃ?)グラハム・セントラル・ステーションの名演をとくと聞いて頂くということで、1975年発表の3枚目のフルアルバム「ダイナイマイト・ミュージック」から、今日はヒットシングル「ユア・ラブ」「イッツ・オールライト」をお掛けします。
それではどうぞ!「グラハム・セントラル・ステーション」です!    

                                    


“ラジオでロック”「Radio Nowhere」


この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。
E-MAIL 
post@fm814.co.jp
FAX  0745-33-3601
MAIL 郵便番号〒636-8555 FM 81.4(エフエムハイホー)FM西大和
“ラジオでロック”「Radio Nowhere」の係と明記して、お送りくだされば手元に届くかと思いますので、挙ってリスナーの方々、また宜しくお願い申し上げます!

さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。
蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが~

今日は先のコーナーでも取り上げましたビートルズ
のメンバーで、2001年11月に脳腫瘍と肺癌で亡くなりましたジョージ・ハリスンを偲んで、『アビイロード』の中から、彼がリード・ヴォーカルを務める有名なナンバー
「サムシング」

を聴きながらお別れしたいと思います。

それではみなさんまた来週。時間になりましたら、ダイヤルはFM81.4、FM西大和にお合わせ頂き、この番組にお付き合いくださいませ。

お相手はDJ PON-CHANG!(ぽんちゃん)でした!
それでは…。シー・ユー・ネクスト・ウィーク!バイバイ!

(9/20オンエアー分)


  


Posted by footstomp at 14:09Comments(0)ROCK・音楽

2009年09月17日

アビイロード 「ザ・ビートルズ」





皆さん今晩は!
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からお届けさせて頂きますラジオでROCK!「Radio nowhere」でお楽しみくださいませ。お相手させて頂きますのは私、DJ PON- CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しくお願い申し上げます!

それでは早速番組の方、進めていきたいと思いますが…。

まず、最初のコーナーは、ミュージックカレイドスコープのコーナー。

このコーナーでは、その時々の話題を、私の方でアトランダムにピックアップしては、それに因んだサウンドをオンエアーさせて頂くコーナーでは御座いますが。

さて、本日はもう何をか言わんや、今月9日に、英国のアップル社とEMIミュージックの手によって、オリジナル・アルバム全14タイトルの歴史的名盤がリマスタリングされ、鮮やかな音色をもって、この21世紀に見事復活と相成ったザ・ビートルズ。その中でも、特に解散を目前に控えた、バンドとしては、実に不安定な時期に制作された作品であったにも関わらず、「最高傑作」と語られることの多い『アビイロード』から、今日は、何曲かピックアップしては、今もって時を超え愛されるその秘密は一体何処にあるのか、その核心に迫るべく、リスナーの皆様方とともに五感のアンテナを、しっかりと研ぎ澄ませては、耳を傾け、聴いて行きたいと、このように思っております。

ちょっと余談になりますけども、現在、全国津々浦々の書店の店頭に、ミュージックマガジンの40周年記念の増刊ということで、1969年から2008年までの40年間で発売されたアルバムを、ミュージックマガジンの編集部が無作為にピックアップしては、300から400タイトルに絞り込み、それを基に今度は40人の音楽評論家があれやこれやと理屈をつけては順位を決めるという、そういった喧しい(かまびすしい)内容の「アルバム・ランキング・ベスト200」という雑誌が今、並んでおりますが、この中でも1位は何とビートルズの『アビイロード』(萩原健太さんがコメント書いてます!)ということで、華やかなりし扱いを受けております。

1967年、メンバーの誰しもが信頼を寄せていたマネージャーのブライアン・エプスタインが睡眠薬の多用で他界し、急速にメンバー間の人間関係も悪化、「昔に戻ろう」とするポールの想いそのままに計画された「ゲットバック・セッション」(1969年1月)も余り功を奏さず、その時の音源や、同時に収録されたライブ映像は、その後1年もの間、放置されることになる。勿論、この時の音源はフィル・スペクターの手によって後に「レット・イット・ビー」として発売となる訳ですが~。
しかし、そんな状況の中でも、ポールは何とかビートルズを再生しようということで、盟友ジョージ・マーティンに助け舟を依頼。「以前と同じように本気でメンバーが協力し合い作品創りに打ち込むなら」という条件のもと、ジョージ・マーティンはプロデューサーとして仕事を請け負い、かのサージェント・ペパーズに匹敵するような素晴らしい完成度、特に「ヒア・カムズ・ザ・サン 」から始まるB面のメドレーに対する評価は高く、今もって世紀の名盤と語られるそんな作品として『アビイロード』は、世に放たれることとなる訳です。

~というところで、それでは下手な能書きはこの辺に致しまして、全14タイトルが、リマスタリングされ、最も原音に近い「リアルな音質」で、見事蘇りました世紀のポピュラー楽団「ザ・ビートルズ」!その中でも傑作中の傑作とされる『アビイロード』から今日は、暴力的なリフがカッコ良いアルバムのオープニングを飾る「カム・トゥゲザー」、そして注目のB面から「ビコーズ」「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」の3曲、続けて聴いて頂きたく思います。それではどうぞ!ビートルズです!

(9・20オンエアー分)
  


Posted by footstomp at 00:39Comments(0)ROCK・音楽

2009年09月12日

ジョニー・ウインター、グレイトフル・デッドそして…マイケル





皆さん今晩は!
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からお届けさせて頂きますラジオでROCK!「Radio nowhere」でお楽しみくださいませ。お相手させて頂きますのは私、DJ PON- CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しくお願い申し上げます!

それでは早速番組の方、進めていきたいと思いますが…。

まず、最初のコーナーは、ミュージックカレイドスコープのコーナー。

このコーナーでは、その時々の話題を、私の方でアトランダムにピックアップしては、それに因んだサウンドをオンエアーさせて頂くコーナーでは御座いますが。

さて今日は、今年で『メジャーデビュー40周年』という記念すべき年であるにも拘らず、麻薬依存症の治療薬として医者から処方されている「メタドン」が、日本も加盟している「麻薬単一条約」の中で、違法薬物と指定されていることから、今もって来日が果たせないでいる、百万ドルのブルース・ギタリスト、テキサス・ギタースリンガーこと「ジョニー・ウィンター」にスポットを当てて、その彼のブルースをベースにしたソウルフルな歌声と「絶品!」としか形容の仕様のないギタープレイを、リスナーの皆様とともに堪能して行きたいと思います。

では、先ず簡単にジョニー・ウィンターのプロフィールを御紹介致しますと…。
彼「ジョニー」は、1944年、アメリカはテキサス州ボーモント生まれの今年65歳の現役ギタリストで御座いまして、本名はジョン・ドースン・ウィンターⅢ世と言い、父親のジョンⅡ世がサックスプレーヤーであったことから、幼少期より、弟のエドガー・ウィンターとともにドップリと音楽に浸る生活を送っており、クラリネットからウクレレ、そしてギターを手にするにも、さほど時間はかかることはなく、11歳の頃には、弟エドガーを従えてちびっこデュオを結成し、地元のテレビ局の番組にも出ていたという早熟振りを発揮しては周りの大人たちを驚かしていたようですが~。
しかし、そんな音楽的な才能に恵まれた反面、彼ジョニーは(弟のエドガーもそうですが~)、生まれついての色素異常、所謂アルビノ体質で、尚且つ斜視というハンディも背負っていた訳です。それ故に、白人の中では際立って“白過ぎる”ということから、言われなき差別を受けて、逆に肌の色の違う黒人の間では何故か、差別されることもなく、仲間として歓待されるという、極めて捩れた人間模様を経験したようで、それこそが今日に至るまで、彼ジョニーをブルース道に導く、非常に大きな音楽的きっかけにもなったようですが…。
で、1962年には、またまた弟エドガーと一緒に、ジョニー・アンド・ザ・ジャマーズと言うバンドを初めて結成、その翌年にはCBSと正式にメジャー契約を果たし、アルバム「ジョニー・ウィンター」を発表する。その時の契約金が百万ドルとは行かぬまでも、30万ドルということで、その前年にアトランティック・レコードと鳴り物入りで契約した、かのツェッペリンの契約金額・20万ドルを遥かに凌駕するものとして注目を集め、その結果、ついた仇名が「百万ドルのブルース・ギタリスト」ということになった訳です。
今もって現役とはいえ、眼もロクに見えない、また自慢の愛器「ギブソン・ファイヤーバード」も自力で持てないという健康状態に陥ってしまっているジョニーのようですが、一日も早く体力を回復して、かのブルースの巨人「マディ・ウォーターズ」から義理の息子と言われるほどの、素晴らしいブルースフィーリングに裏打ちされたギタープレイと音楽を引っ提げて、出来れば、勿論この日本の地を踏んで、熱いライブを披露して頂きたいなぁと思っている訳ですが~。

と、いうことで、お待たせしました。それではここで、テクニカルで早いギターリフをディストーションの効いた音で聴かせるブルース・ロック・ギタリスト「ジョニー・ウィンター」の名演を、今日は1969年発表、メジャー第1弾アルバムであります「ジョニー・ウィンター」から、「アイム・ユアーズ・アンド・アイム・ハーズ」と「ビー・ケアフル・ウィズ・ア・フール」、そしてちょっとエッチな不倫妻の歌「バック・ドア・フレンド」、この3曲を聴いて頂きたく思います。それでは、メジャーデビューから今年で40周年のミスター「ジョニー・ウィンター」です!どうぞ!

続きましては、キーワードAtoZのコーナー。





このコーナーは、アルファベットを順に追いながら、たとえばその頭文字がAならAC/DCといった風に、新旧洋邦問わず、無作為にアーティストやバンドをピックアップしてご紹介させていただくコーナーで御座いますが。

さて今週も、その頭文字にアルファベットのGが来るバンドということで、1964年頃にアメリカはカリフォルニア州、サンフランシスコで、「グレート・アンクル」ことギターの「ジェリー・ガルシア」を中心に結成されたバンドを母体に、翌65年から正式に活動を開始。ロック、フォーク、ジャズ、ブルース、カントリー、ブルーグラスにサイケデリックロックなどの様々な音楽的要素を咀嚼しては即興演奏で、デッドヘッズと呼ばれたバンドと共にキャラバン生活を送る熱狂的なファンを中心に、常にその興行成績においては、全米で1,2を争う収益を上げていたとされる
「グレイトフル・デッド」

をご紹介したいと思います。
グレイトフル・デッドは、先にも申し述べましたように1965年、アメリカはサンフランシスコで、ギターのジェリー・ガルシアを中心に結成。1960年代のヒッピー文化、サイケデリック文化を支える屋台骨として一時代を築き、レコードセールスでは、大した成績を収めることはなかったものの、コンサートはいつも超満員。ガルシア曰く「われわれは一曲を完成させるには三年の月日を費やさなければならない」と言ったように、繰り返し同じ曲をジャムセッションの如く演奏し、興が乗れば一曲に数十分費やし、コンサート自体が、新幹線で東京-新大阪間を往復しても、余りあるお釣が来るほどの長時間に亘り、行われることもままあったということで御座います。
1995年のジェリー没後、バンドは解散した訳ですが、現在は残党で「ザ・デッド」と言うグループを結成し、地元のローカルバンド宜しく活動している模様です。
~ということで今日はデッドの1974年の作品「スケルトンズ…ベスト・オブ・グレイトフル・デッド」から「トラッキン」と「ワン・モア・サタディ・ナイト」を聴いて頂きたく思います。それではどうぞ。ジェリー・ガルシア、グレイトフル・デッドです!


“ラジオでロック”「Radio Nowhere」

この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。

E-MAIL 
post@fm814.co.jp
FAX  0745-33-3601
MAIL 郵便番号〒636-8555 FM 81.4(エフエムハイホー)FM西大和
“ラジオでロック”「Radio Nowhere」の係と明記して、お送りくだされば手元に届くかと思いますので、挙ってリスナーの方々、また宜しくお願い申し上げます!

さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。
蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが~





今日は、今年6月25日、自然死でなく、専属医・コンラッド・マレー医師のディブリバン(プロボフォール:鎮静剤)の過剰投与による他殺とロス市警が発表したことで、更にその不可解な死が波紋と謎を呼んでいるキング・オブ・ポップこと、ミスター
「マイケル・ジャクソン」

の御霊に祈りを捧げるべく、私が一番マイケルの中でも好きなアルバム「オフ・ザ・ウォール」の中から、タイトルチューンをお掛けしてお別れしたいと思います。

それではみなさんまた来週。時間になりましたら、ダイヤルはFM81.4、FM西大和にお合わせ頂き、この番組にお付き合いくださいませ。
お相手はDJ PON-CHANG!(ぽんちゃん)でした!
それでは…。シー・ユー・ネクスト・ウィーク!バイバイ!

(9/13オンエアー分)

  


Posted by footstomp at 22:39Comments(0)ROCK・音楽

2009年09月06日

グッド・シャーロット、レス・ポール





~ということで、続きましては…キーワードAtoZのコーナー。

このコーナーは、アルファベットを順に追いながら、たとえばその頭文字がAならAC/DCといった風に、新旧洋邦問わず、無作為にアーティストやバンドをピックアップしてご紹介させていただくコーナーで御座いますが。

さて今週は、その頭文字にGの付くアーティストということで、1996年、アメリカはメリーランド州で結成された、ヒラリー・ダフやこずえ鈴(りん、新村フリーディア)などをはじめとするシンガー、女優、モデルなどとも派手な浮名を流すことでも有名な、ジョエルとベンジーのマッデン兄弟を中心とする、如何にもザ・芸能界的な5人組ポップ・パンクロック・バンド「グッド・シャーロット」をご紹介したく存じます。
グッド・シャーロット…。
2000年にグループ名と同じタイトルのアルバムを引っ提げ、堂々アメリカのパンクシーンに殴り込みをかけたグッド・シャーロットは、2003年に発表したアルバム「ヤング&ホープレス」に収録の「ライフスタイル・オブ・ザ・リッチ・アンド・フェイマス」が大ヒット。アルバム自体もビルボード初登場7位の栄冠を獲得するなど、早くもその人気を不動のものとした訳です。
その後は実兄のジョシュ・マッデンと共に「DCMAコレクティヴ」なる服飾ブランドを立ち上げたり、MTVのヴィデオ・ジョッキーを務めるなど多岐に亘り、その才能を開花させ、現在は若きカリスマとして、同世代のパンクス達の憧れの的と注目されている次第でごじゃります~。
それでは今日はそんなザ・芸能界的ポップパンクバンド「グッド・シャーロット」、雰囲気的には、あまり好みのバンドではおまへんが、これだけは私も聴いているということで、今日は親日家の彼等らしく、2007年に日本で先行発売致しました「原点回帰」をテーマに据えた、正に直球勝負のイカしたアルバム「グッド・モーニング・リバイバル」から「リヴァー」を聴いてください。
それではどうぞ!「グッド・シャーロット」です。


“ラジオでロック”「Radio Nowhere」
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。

E-MAIL 
post@fm814.co.jp
FAX  0745-33-3601
郵便物等々 〒636-8555 FM 81.4(ハイホー)

さて最後は「ノック・オン・ザ・ヘヴンズドア」のコーナー。蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、今日は、先月13日に肺炎のため、ニューヨークの病院で94歳といいますから、大往生と言えるかと思いますけども、お亡くなりになってしまいました、その名の通りエレキギター「レスポール」の生みの親であります、本名・レスター・ウィリアム・ボルスファスこと「レスポール」さんを偲びまして、その彼の曲をお掛けして、お別れしたいと思います。





幼い頃、ジャンゴ・ラインハルトの演奏に感銘を覚え、カントリーやブルースなどのギター演奏に生涯を捧げた「レスポール」さん。今日はそんな彼の魅了を十二分に反映して余りある楽曲と言えると思いますが、1946年発表のアーサー・スミスをオリジナルとする「ギターブギ」を聴いて頂きたく思います。
それは皆さんまた来週。お相手はDJ・PONーCHANG!でした。
シー・ユー・ネクスト・ウィーク!バイバイ!

(9・6オンエアー分)


  


Posted by footstomp at 11:12Comments(0)ROCK・音楽

2009年09月06日

豊田勇造





皆さん今晩は!
これからの30分間はこのFM81.4、FM西大和からオンエアーされます
「ラジオでロック Radio Nowhere」
でお楽しみください。お相手させて頂きますのは私、

DJ・PON-CHANG!(ぽんちゃん)
で御座います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

それでは早速番組の方進めていきたいと思います。

さて、今週からは、9月ということで、学生さんも新学期、
『天高く馬肥ゆる秋』

の譬えにもある通り、何をするにも快活な身のこなしでチャレンジできる、いわば一年で最もしのぎやすい季節であります「秋」を迎えた訳で御座いますが、まぁ、先月末に行われました『衆院総選挙』では、民主の圧勝だったのかどうかは、この番組が録音によるものなので知る由も御座いませんが、多分そういった政局の変化も背景に、世の中は目まぐるしい動きを見せていることかと思います。しかして、逆に臍曲がりで、天邪鬼な当番組におきましては、ここのところ特集続きでイレギュラーな放送ばかりしてきましたが、この秋からは粛々と通常のメニューに則り、その時々の話題に、音楽を絡めてお送りする「ミュージック・カレイドスコープ」のコーナー、またアルファベットを順に追いながら、その頭文字に当たるアーティストを無作為にピックアップし紹介する「キーワードAtoZ」のコーナー、さらには天国に旅立ったアーティストを偲ぶ「ノック・オン・ザ・ヘブンズドア」のコーナーという風に、ともかくも原点回帰、今一度、襟を糺しての番組構成ということで頑張って行きたいと思っておりますので、改めてどうぞご愛顧の程、宜しく申し上げますと、ご挨拶しては、先ずは一発目のコーナーであります『ミュージック・カレイドスコープ』をお届けしたいと思います。

このコーナーでは、その時々の旬なる話題を私ポンチャンがピックアップしては、それに纏わる音楽をお届けするコーナーでは御座いますが…。

さて今日は、以前からご紹介しようと思いながらも色々あって先伸ばしとなっておりました、今年還暦を迎えながらも、日本のみならず、タイやミャンマーなどアジアを中心とした諸外国にも足を延ばしては、相変わらずも元気よくフォークギターを掻き鳴らし、心に響く熱唱を聴かせてくれる京都は壬生出身のアーティストである
「豊田勇造」
さん。その彼をご紹介させて頂きたく思います。
結構、以前の話になってしまいましたが、今年6月6日(土)には、京都・円山野外音楽堂で還暦を祝してのLIVEということで、6時間60曲という無謀な内容のステージに挑戦した勇造さん。デビューは1974年、エレックレコードから「豊田勇造・長野隆ライブ」とタイトルされるレコードを引っ提げて、当時のミュージックシーンに登場し、ハンク・ウィリアムスやボブ・ディランなどから影響を受けたブルースやフォークをベースに、関西人独特のイントネーションを駆使したメッセージソングを聴かせては、デビューから今日に至るまでの35年間、一貫してその活動スタンスを変えることなく、コアなファンを獲得しては、今もって孤高のシンガーとして現役で活躍されている次第です!
~ということで、今日はそんな勇造さんにスポットをあて、当番組としても、遅れ馳せながらの還暦祝いとはなってしまいましたが、彼の数ある楽曲の中から幾つかのナンバーをチョイスしては、リスナーの皆様と、勇造ワールドを堪能するとともに、毎年100本以上のライブを未だ、国内外を舞台にこなされているということで、現役としての益々の活躍に期待したいという想いも込めながら、じっくりと耳を傾けてみたいと存じます。
で、お掛けするのは、今から10年ぐらい前のことになるかとは思いますが、私自身、家の近くにあります(奈良県)香芝市のふたかみ文化センターで、勇造さんのコンサートをかぶり付きで拝見した際、購入させて頂きました、1988年、勇造さん自身がタイに移住され製作されたというカセット・アルバム「チャオプラヤ河に抱かれて」から、本日は「エレクトリックシティー」、それからタイトルチューンの「チャオプラヤ河に抱かれて」、そして「それで十分」の3曲を聴いて頂きたく思います。では聴いて下さい。旅をこよなく愛する気高きフォークシンガー「豊田勇造」さんです。どうぞ!         

はい、ということで先ずは豊田勇造さんの楽曲を3曲聴いて戴きましたが、ここで簡単に関西圏での彼のライブ予定をご紹介させて頂きますと、まず、9/19(土)神戸市垂水区・居酒屋『こずみっく』でライブが御座いまして、また翌9/20(日)大阪市桃谷『Loop139』で同じくライブが開催されるということになっております。残念ながら、ここ奈良ではコンサートは御座いませんが、また良かったら、是非、心地良き勇造ワールドを体験するべく、今、ご紹介しました場所に足を運んで頂きたいと思います。それと東京の出版社「ビレッジプレス」から、コーヒー一杯分の情報マガジンと称する「ぐるり」という雑誌の6月号に、音楽評論家・田川律さんとの対談形式で、還暦ライブを直前に控えた勇造さんの臨場感溢れるインタビューが掲載されていますので、興味のある方はまた合わせてご覧下さい!





豊田勇造HP
http://www.toyodayuzo.net/
ビレッジプレス
http://www.village-press.net/
豊田勇造「歌旅日記BLOG版」
http://blog.toyodayuzo.net/

(9・6オンエアー分)


  


Posted by footstomp at 10:08Comments(0)ROCK・音楽